コラム〜と麦

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兵庫県:熱々フワフワの『明石焼き』に入っている”謎の粉”とは?

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大村椿 ご当地グルメ研究家

小麦粉を使ったおやつは全国にたくさんあります。いわゆる『粉もん』と聞くと、お好み焼き、たこ焼き、もんじゃ焼きなどいろいろありますよね。その中でも『粉もん』の聖地である大阪では、観光地から一般的な住宅地まで、たこ焼き屋さんが数多く存在し、いつでも熱々のたこ焼きを食べることができます。
そんなたこ焼き、昔は『タコ』が入ってなかった……という話はご存知でしょうか?そしてたこ焼きのルーツは、大阪府のお隣の兵庫県にあったのです。

誕生当初、大阪の『たこ焼き』に『タコ』は入ってなかった!

昭和初期、たこ焼きの原形が大阪で生まれました。しょうゆ味の出汁で小麦粉を溶いて、牛すじ肉とこんにゃくを入れて焼いたもので、当時はハイカラなものをイメージして『ラヂオ焼』と呼ばれていました。
店主が、あるお客さんから「明石はタコが入っとるで~」と聞いたそうです。それをきっかけに、昭和10年(1935年)にタコを入れたラヂオ焼きが誕生。それが『元祖たこ焼き』となり、今では全国どこでも食べられるようになったのです。
つまり兵庫県明石市のご当地グルメ『明石焼き』がそのモデルとなっていたのでした。じゃあ、その明石焼きってどういうもの?
明石市内で明石焼きを提供しているお店は70軒ほどと言われています。大半の人は、「たこ焼きより柔らかくて出汁に漬けて食べる、あれでしょ」というイメージですよね。今回は明石焼きの歴史や、なぜあんなにフワフワ食感なのかを紐解いてみましょう。

明石焼きは『玉子焼き』!なんと人口珊瑚の副産物だった

我々が知る『明石焼き』は、地元では『玉子焼き』と呼ばれています。昭和の終わり~平成に入るころ、観光PRのために地名を冠して『明石焼き』と名づけられました。

では、なぜ玉子焼きが明石の地で生まれたのでしょうか?江戸時代末期の明石では、『明石玉』と呼ばれる人口珊瑚(さんご)を生産していました。当時はかんざしなどに使われており、日本人の黒髪に赤い色がよく映えたのでしょうね。大変高価だった天然珊瑚の代用品は人気となり、大正時代までは中国に輸出するほどの産業だったそうです。そんな明石玉の製造に、卵の白身が接着剤として大量に使われていました。余剰品だった黄身と、明石で捕れるタコを使って誕生したのが『玉子焼き』だったのです。大正時代には、屋台で玉子焼きを売り始めましたが、当時は卵自体が高級品だったこともあり、何もつけずに焼き上げたものが1個から買えたようです。後に、玉子焼きが熱すぎて火傷する人がいたことから、冷やした出汁に漬けて食べるようになったという話があります。
現在、明石玉はもう作られていませんが、その名残りとして玉子焼きが明石のソウルフードとなっています。

フワフワで柔らかいヒミツ!材料と焼き方がポイント

大阪では「たこ焼き器は一家に一台」という話を聞いたことがある人も多いと思います。それくらい『家庭でたこ焼き』は珍しくはないのですが、明石ではどうなのでしょう。明石市内在住の人に「家庭で焼くことあるのか」と尋ねてみると、「たこ焼き器では焼くのが難しいのであまりやらない」と即答。ここにポイントがありました。

<その1 材料の違い>

明石の玉子焼き(明石焼き)は、粉、卵、出汁を混ぜてタコを加えて焼きます。その際、小麦粉と一緒に使用しているのが『じん粉(浮き粉)』です。その配合はお店によって異なりますが、明石の玉子焼きでは必ず使用する大事なものです。
あまり聞きなれない名前ですが、小麦粉から『グルテン』を取り除いた『でんぷん粉』のことです。これを使用することで独特のプルプル感が出ます。
歴史的には、玉子焼きが生まれた当初は小麦粉だけで、いつのころからか、じん粉を混ぜるようになったようです。市内の玉子焼き専門店にお聞きしたところ、少なくとも60年前にはすでに使用していたそうです。

<その2 焼き方の違い>

使う道具は、鉄板ではなく銅板で、お店に合わせたオーダーメイドのもの。たこ焼き器に比べると穴のくぼみが浅いことが多く、焼き上がりも平たくなります。銅板は熱の伝導率が良く、ムラなく焼けると言われています。その分、変色も早く、元は銅独特の赤みを帯びた色があっという間にこのような色になります。焼く頻度にもよりますが、耐久年数は5~10年とのこと。
また、たこ焼きは串や専用ピックで返しながら焼いていきますが、玉子焼きは菜箸を使います。あるお店では、「使いやすいように菜箸の先端を削っている」という話でした。

お店によって焼き方のテクニックもそれぞれ違います。あるお店では、銅板を揺らしながら焼くようです。そうすることでじん粉が分離しないのだそう。また固くなるのを防ぐため、あまり動かさず数回しか返さないなど、お店によって味や焼き上がりに違いが出ます。そのこだわりの差で、地元の人たちにそれぞれご贔屓のお店があるのも面白いものです。

『じん粉』って一体何なの?

小麦粉特有の『グルテン』は、2種類のたんぱく質『グルテニン』と『グリアジン』が絡み合ってできる物質で、それが弾力性や粘着性を生み出し、コシのある麺やふっくらしたパンが作れるわけです。そのグルテンを取り除いたものが、玉子焼きに使われる『じん粉』。片栗粉やコーンスターチのような質感で、これを加えることで、たこ焼きよりフワフワと柔らかい焼き上がりになります。

『じん粉』は、中華料理の海老餃子の半透明の皮や、もちとり粉として和菓子の材料となることがありますが、一般家庭ではほとんど使われないので、スーパーなどで目にすることはほとんどありません。お土産に購入する人もいることもあって、明石市内では『じん粉』はもちろん、玉子焼き用のミックス粉も手に入ります。

ソースと一味が味変アイテム!熱々を召しあがれ

現在の玉子焼きは、温かい出汁に漬けて食べることがほとんどです。テイクアウトも充実していますが、やはりお店で食べるのがベスト!焼き立てが一番フワフワで、冷めてくるとどんどん固くなっていきます。
また、どのお店にも卓上にはソースと一味が置かれています。最初はプレーンな状態で食べて、残りを味変すると、一気におやつからおつまみっぽくなりますよ。
あの独特の柔らかさを楽しみたい人は、がんばって熱々を食べましょう。くれぐれも火傷には気をつけてくださいね。

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