コラム〜と麦

他分野で活躍する各業界のエキスパートが其々の目線で麦を語ります。

青森県:青森市民のソウルフード
『棒パン』は自分で焼きあげるご当地パン!

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大村椿 ご当地グルメ研究家

日本人の主食はお米と言われますが、皆さんパンも大好きですよね。食パン、コッペパン、バゲット、クロワッサン、デニッシュなど、パンの種類もいろいろあります。日本生れのパンだと、あんパンなどがありますし、地方ごとに特徴のあるご当地パンも存在します。
今回はそんな中から、青森県のご当地パンのお話です。

南部地方は特に粉食文化が根づいている!

青森県は、八甲田山という1,500m以上ある大きな山が真ん中にあり、ざっくり言うと、西側が津軽地方、東側が南部地方と2つのエリアに分かれます。
全耕作面積に対し、米の作付面積が約3割という水田地域ではあるのですが、津軽と南部では事情が異なり、古くからの小麦粉食が多いのは圧倒的に南部。偏西風のヤマセの影響を受けやすいため稲作は少なく、雑穀や大豆、そば、『ひっつみ』や『はっと』など小麦粉を練った料理が食べられています。南部せんべいを使った『せんべい汁』も八戸あたりの郷土料理です。
現在県内で生産されているのは、主に『キタカミコムギ』と『ネバリゴシ』の2種類。また、『ゆきちから』は学校給食用のパンにも使われています。東北地方では厳しい寒さのため、これまで大麦の栽培が行われていませんでしたが、最近は寒冷地向けのもち麦品種『はねうまもち』なども生産されています。

津軽地方のお祭りでしか食べられないパンって?

一方、津軽地方にも小麦粉食がありました。約40年前に生まれたご当地パンで、その名は『棒パン』。
……長細い棒状のパンのこと???厳密には、パンの種類というよりも「焼き方」と言った方がいいでしょうか。
そのため、町のパン屋さんに行っても店頭には並んでいません。棒パンは、青森市内で開催されるお花見会場やお祭りに行くと現れます。公民館の子供会イベント、ときには学校の文化祭で登場することもあります。青森キッズは棒パンが大好き!親御さんに「やりたい!」とねだっている姿を見かけます。

みんなでクルクル!青森の棒パンの焼き方

『棒パン』とは、1~1.5mほどの竹の先端にアルミホイルを巻き、そこにパンの生地を巻きつけ、炭火の上で回しながら焼きあげる……というものです。業者さんがやってくれるわけではなく、自分たちでクルクル回して焼きます。

 

子どもたちは焼きあがるまで待ちきれず、中が生焼けになったり、逆に炭火に近すぎて真っ黒に焦がしてしまったり。焼けたら、パンを棒から外して紙にくるんだり、紙コップに移したりして熱々をいただきます。シンプルに味わうのも良し、マーガリンやジャム等が用意されていることもあるので、付けて食べるのもまた良し。
「焼き立てを食べられるのがたまらない」「表面が香ばしくて、小麦の香りを楽しめる」と、老若男女問わず人気です。

なぜ青森で棒パンが生まれたのか

しかし全国的に見ると、パンの消費量が突出して多いわけでもない青森と『棒パン』が繋がりません。なぜこれがこの地で行われるようになったのでしょうか。
それは今からちょうど40年前、1983年のこと。青森青年会議所のメンバーがイベントを考えていたとき、関東地方のどこかで見かけた棒パンを「おもしろそう!」と思い出したのだそうです。それを、青森県内で学校や病院給食用のパンを製造販売する「赤田パン」のご主人に相談したのです。
それは北欧のアウトドア料理でした。スウェーデンのpinnbröd(ピンブロード)や、デンマークのsnobrød(スノブロー)と呼ばれているもの。焚火のあと、落ちている枝にパン生地を巻きつけて焼くという文化です。。
アウトドアにおいて、棒パン的なものは珍しくなく、イギリスやドイツなどでも似たようなものが食べられています。呼び名は違えど世界各国で愛されているのです。

青森キッズの通過儀礼!大人は感慨にふける

冬に暖をとりながら楽しむのにピッタリで、これが人気となって、季節を問わず、青森市のイベントやお祭りで定番となったのでした。
そのため、県内でも他の地域ではあまり行われておらず、結婚を機に五所川原市から引っ越してきた女性は、青森市に来るまで棒パンの存在を知らなかったそうです。

 

パン屋さんに焼き方のコツを伺うと、「遠火でじっくりゆっくり焼くのが大事」だとのこと。
ところが、お子さんたちはこの地道な作業にすぐに飽きて、親御さんに渡してどこかへ行き、気づけば大人ばかりがクルクルしている……というのも、青森では度々見かける風景です。
そんなとき大人たちは、棒パンを黙々と回し焼きながら、「わたしも人の親になったのだな……」と感慨を覚えるのだそうですよ。

昨今の棒パン事情は……

最初に生地を作った赤田パンにお話を伺ったところ、棒パン用の特殊な配合の生地を使っているのかと思いきや、菓子パンに使う生地と同じなんだそうです。はじめた当初は食パン生地を使っていたのですが、うまく焼き色がつかなかったため、変更したそうです。
赤田パンでは、ラグビーボール状にまとめた70gの生地を冷凍した状態で販売。もちろん個人でも10個から購入可能(要予約)で、「キャンプやBBQでやりたいから」と、まとめて購入する人もいるそうです。
商店街のイベント用や学校行事などで行われることもあり、他の複数のパン屋さんでも取り扱っていました。

 

最近はメディアで取り上げられることも増え、『棒パンサミット』というイベントも行われています。そこでは国産小麦粉100%使用の生地が用意され、チョコチップ入りや抹茶味などの味が楽しめ、映える「棒パングッズ」なども販売されていました。「SNSで見て来た」と、青森市外から参加する高校生などもいて、さらなる盛り上がりをみせています。

 

こんなに棒パンが愛されるのは、棒パンの焼き方と県民性がマッチした結果の食文化という感じがします。地元の方から、「じっくりと我慢強く焼きあがるのを待っている姿が青森の人らしいですよね」という話を聞き、妙に納得してしまいました。
複雑なルールもなく手軽に楽しめる棒パン。近い将来、棒パンを焼くために青森へ行く……という観光客が現れるかもしれませんね。

※写真提供/三ノ月舎

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