国産麦取組事例レポートin埼玉県

埼玉県産小麦の需要拡大と付加価値のある
高品質な商品開発に取り組みたい

1946(昭和21)年、埼玉県幸手市で製粉・製麺業を創業。それから約70年に亘って、小麦粉・そば粉・ふすま・乾麺の製造および販売を行っている前田食品株式会社。「外食産業等と連携した農産物の需要拡大等事業の新商品開発等事業(麦類)」の制度を活用し、「クランペットミックス粉」の開発・製造・販売に取り組んでいる。B to C向けにオンラインショップを立ち上げ、全国に向けて販売を展開する前田食品株式会社 代表取締役の入江三臣(かずおみ)氏に取組内容についてインタビュー。また、前田食品とタッグを組んで埼玉県産小麦の生産拡大に取り組む株式会社原農場 代表取締役の原伸一氏、同じく国産小麦の利用拡大に取り組む柳麺呉田 店主の中野憲(けん)氏にも、その思いを語ってもらった。

B to C向けに商品開発し、ブランディングを構築

前田食品株式会社 代表取締役
入江 三臣 氏

弊社は製粉工場として事業を行っていますが、設立60周年の時に、カフェを併設した国産小麦と天然酵母の食パン専門店を開業しました。食に携わる者として、安心安全なものを消費者の方々に提供することが使命であると考え、酸化防腐剤等は一切使わず天然のものにこだわったのです。でも、どんなに小麦粉や原料にこだわったとしても、ベーキングパウダーを使うことで食品添加物表記をしなければならないことに納得がいかず悩んでいた時、スタッフがベーキングパウダー不使用のパンケーキがあると教えてくれました。それがイギリスの伝統的なパンケーキ「クランペット」でした。都内のイギリス人の菓子教室の先生を訪問し、実際作っていただいた本物のクランペットを試食し、いろいろと話を伺いました。その上で天然酵母と国産小麦粉100%で本物以上のオリジナルクランペットを目指して試作品の繰り返しを重ね、ミックス粉の開発に取り組みました。

補助事業に支えられ
納得のいく商品づくりが可能に

開発は数種類の小麦の配合や発酵時間を少しずつ変えてミックス粉の試作を行うため、時間も手間も費用もかかります。また、販売を開始するならば、その認知度の低さからしっかりしたブランディングや宣伝が大切だと考えました。そのためには試作原料費やプロモーション費用の確保が必要と思い、「外食産業等と連携した農産物の需要拡大等事業の新商品開発等事業(麦類)」に応募。そのときは「国産小麦の良さ、さらには埼玉県産小麦の需要拡大を目指し付加価値のある商品開発がしたい」、そんな思いに突き動かされて一生懸命でした。補助事業に採択されたおかげで十分に試作時間を確保でき、妥協のない味わいと食感を実現することができました。また、多品種小ロットに対応できるミックス粉の小袋充填機とラベラーの調達も、同事業でカバーできることになり本当に助かりました。
次に着手した「全粒粉100%のパンケーキミックス粉」は、弊社の製粉技術を活かして30ミクロンまで微細粉化し、ふすまを含んだ商品でありながら、栄養豊富で小麦粉と同様の食感を実現することができました。また、開発と並行して、販売拡大を図るためにパッケージも新たに開発。「粉おじさん」としてブランド化し、公式サイトをオープンしました。コロナ禍でしたが、おうち時間を過ごす際の需要にも後押しされて販売は好調。そんな中、本社のある幸手市の全小学校に無料で「クランペットミックス粉」「パンケーキミックス粉」を配布したのです。それは、コロナ禍で外に出ることのできない子どもたちに家で楽しく過ごしてもらいたいという気持ちと、国産小麦の良さを体感して欲しいという思いがあったからです。
埼玉県産小麦には、「さとのそら」や「ハナマンテン」「あやひかり」など、人気の小麦が多くあります。私たち製粉会社の役割として、今後さらに県産小麦のブランディングや付加価値のある商品開発などを行い、全国の方々に訴求していきたいと考えています。また、現在県内の生産者、製粉会社、二次加工メーカーなど、小麦に関わる人たちと一緒に、県産小麦の需要拡大のための取り組みを進めています。これからもイベントや勉強会を開催したり、業種を超えて横のつながりを強化していくことでこの輪がもっと広がって行くことを期待しています。
導入した自動計量充填機
前田食品株式会社工場
オリジナルミックス粉は4種類。
「クランペット」「パンケーキ(プレーン)」
「全粒粉100%」「抹茶」
クランペット

県産小麦の需要拡大に、生産者、製粉会社、加工会社が一丸となって挑戦

株式会社原農場 代表取締役
原 伸一 氏

前田食品さんとの取引は、入江社長と父の代からです。2005(平成17)年に「ハナマンテン」が埼玉県で初めて試験導入されたときに、入江社長と父が連携して取り組んだのがきっかけです。入江社長は製粉会社として、県産小麦でパン用の小麦粉を作りたいと強く願っていました。私自身は、その頃一般企業に勤めていたのですが、後に就農し、父が一線から退いた後は、私が入江社長とのやり取りをするようになったのです。

原農場の圃場(播種直後の11月撮影)

入江社長からは、品質の安定した小麦の収穫について厳しいご意見をいただくことも多くありますが、私も品質の安定化を図りたいと、改善に向けて積極的に取り組み、暗渠排水やサブソイラ―を導入して堀さらいなども行っています。圃場によってたんぱく質の強弱が出てしまうことが分かり、ラジコンヘリコプターを使ってピンポイントで追肥するなど、取引先の求める価値の高い小麦を作るよう努力を重ねたのです。すると、品質の安定した小麦の収穫ができるようになり、収量も安定してきました。入江社長からも信頼を得ることができ、現在まで長くお取引をしてもらっています。今では、うちで作る小麦約300t全量が「ハナマンテン」になり、全て地元JAを通じて前田食品さんに納めています。
県産小麦の需要拡大に取り組む入江社長は、「SWING group」という埼玉県産小麦のネットワークを構築して、製粉会社、生産者、二次加工メーカーなどが会員となっています。入江社長は、収穫時期に二次加工メーカーさんなどに声をかけて、有機農場の見学会を行い生産者とメーカーとの交流にも注力されています。また、消費者に向けてのPRも積極的に行い、生産者、製粉会社及び二次加工メーカーが一体となって県産小麦の需要拡大に取り組めていると感じます。
食の安全性に取り組むことはもちろんですが、今は食の安定供給にも、しっかり向き合っていかなければと思っています。近年、世界情勢も大変厳しい状況になっているので、食の安全保障問題も先送りにはできないと感じています。入江社長も、そのことを憂慮して生産者の支援をしてくれています。これからも一緒に、県産小麦の需要拡大に加えて、食の問題にも積極的に取り組んでいきたいと考えています。

小麦本来の持つ旨味と高い製粉技術で究極のラーメンが完成

柳麺呉田 店主
中野 憲 氏

以前は神戸の人気ラーメン店で修業をしていました。そのときに、東京にはおいしいラーメン店が少ないと聞いて、それなら東京で勝負したいと思い上京したのです。まずは偵察も兼ねて何軒かのラーメン店に入ると、噂とはまったく違っていて、どこもおいしいところばかり(笑)。私たちは味わうだけでなく、どうしても厨房の中や、そこで働いている人たちに目がいってしまいます。すると揃えている機器が関西では見たことのないものも多く、スタッフもみんな丁寧な応対をしていてクオリティの高さを感じました。でも、ここで勝負をしたいという気持ちには変わりなく、都内で物件を探す日々でした。なかなか良い物件に巡り合えなかったのですが、ある日、この物件と出会えたのです。

特製塩ラーメン

関西から出てきたので、こちらに製粉会社さんのアテもなく、製麺機を購入した会社の方に良い製粉会社さんを知っていたら紹介してほしいとお願いしたところ、前田食品さんを紹介してもらいました。私が今ここで、おいしいラーメンを作れているのも、この時の運命の出会いがあったからなのです。担当として付いてくれた方は、勝手の分からない私に、関東の小麦粉の特長や前田食品さんの小麦粉のブレンド方法について、本当に丁寧に教えてもらいました。前田食品さんが製粉する小麦粉は質が良く、普通なら小麦粉といえば北海道が真っ先に上がりますが、埼玉の小麦で作る小麦粉もそれに負けないおいしさがあることを初めて知りました。正直、スープにはとてもこだわっていましたが、前田食品さんと出会って、麺にもしっかり向き合って最高のスープと麺で仕上げたいと思うようになりました。結果的に埼玉県産小麦粉の味わいの良さと、前田食品さんの製粉技術の高さで、麺とスープとの相性も良く、高評価のラーメンが生み出せたと思っています。
うちは製麺を店で行っていて、スープの味によって使う小麦粉も変えています。たとえば、しょうゆラーメンには「埼玉県産小麦」、塩ラーメンには「春よ恋(北海道産小麦)の一等粉」を使うなど、一番おいしく食べられる小麦粉をセレクトしています。通常のメニューに使用している小麦粉は、すべて国産のもの。今後も、味わい深く、安心安全な小麦粉を使って、みなさんにおいしいと言っていただけるラーメンを生み出していきます。せっかく埼玉で店を出したので、地産地消にも寄与していきたいと思っています。

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