国産麦取組事例レポートin香川県

製粉企業の知見を活かし香川県産大麦と 小麦を融合した二穀のうどんを開発

明治35(1902)年の創業以来100年以上に亘って香川県の麦加工に関わり、食文化を立脚する製粉企業として歩んできた吉原食糧株式会社。同社のミッションには、さぬきうどんの「原料小麦粉の開発・供給」と「食文化」の両面から支え、未来に向けて更なる発展に寄与すること、また、「麦」から「食」を創造することを掲げています。最近では、香川県産大麦の需要拡大にも着手。当協会の「外食産業等と連携した農産物の需要拡大等事業の新商品開発等事業(麦類)」(以下、補助事業)を活用して、大麦と小麦を融合したうどん作りや新商品の開発にも取り組んでいます。
吉原食糧株式会社をはじめ、関係者の方々からお話を伺いました。

海外産小麦に遅れを取っていた自県産小麦

吉原食糧株式会社 代表取締役 社長 吉原 良一 氏

吉原食糧株式会社 代表取締役 社長
吉原 良一 氏

弊社は、香川県で120年に亘って小麦などの製粉事業を営んでいます。私が家業を継ぐために香川に戻った昭和60(1985)年頃には、オーストラリア産の小麦粉を使った色の白いうどんが主流となっていました。当時、香川県産の小麦で作ったうどんは、色がくすみ、ぼそぼそとした食感があり、そのうえ茹でてしばらくすると麺が切れてしまうのです。自社の製粉商材の営業で店を回っていても、品質が高く扱いやすい外国産の小麦粉しか使っていないところが多かったのを記憶しています。そんな中で自社の香川県産小麦粉についてご説明すると、みなさん「香川県産の小麦粉なんて面白いね」と興味を示してくれるのですが、一度使ってもらっても二度と注文は来ないという有様でした。でもそれは、お店や消費者の方たちの求める品質に応えられていないことが原因ですから、仕方がなかったですね。それなら、お菓子に使用したらどうかと考え、JA香川県さんにも協力してもらい「カステラ大地」という香川県産小麦「ダイチノミノリ」100%使用の和菓子を生み出しました。それが1990年代初頭のことです。「カステラ大地」は農林水産省食品流通局長賞を受賞し、一定の評価をいただきましたが、自県産の小麦を使ったおいしいうどんを作りたいという気持ちは薄れませんでした。それと時を同じくして、「さぬきの夢2000」のプロジェクトが進んでいたことを後から知ったのです。私自身も農業試験場で入手した国産小麦の種子を県内で自主栽培をして試験的に製粉をしてみると、今までにないもちもち感を持ったうどんができ上がりました。そこから改良を重ね、オーストラリアのASWにも引けを取らないほど、もちもちして滑らかなうどんができたのですが、依然、茹でた後に時間が経つと食感が弱くなってしまっていたのです。私たちも製粉工程を工夫して、茹でて時間が経ってもしっかりと食感が残るうどん作りのための小麦粉開発に注力していましたが、なかなか上手くいきません。開発に携わった社員たちからは「食感も素晴らしいASWの小麦があるのに、なぜ香川県産小麦を扱わなければならないのか」といった意見も出ていました。それでも、香川県産の小麦だからこその良い部分が必ずあると信じて、開発を続けました。

さぬきうどんの製法の特徴は、足踏みです。昭和40年代頃の話になるのですが、岡山から香川へさぬきうどんを食べに来県したご夫婦が、うどん店でうどん粉の上にゴザを敷いて、店の従業員がその上で足踏みしているのを見て、食べ物を踏むなんて…と、驚かれていたという話がありました。瀬戸内海を越えてすぐの岡山県の人たちでさえ、その独特のうどん文化は理解できなかったようです。香川の人たちがさぬきうどんを食べる時、柔らかいだけのうどんでは満足感を得られず、噛み切る時の中心部の弾力性のないうどんは好まれません。柔らかいうどんを作るなら加水を増やせばいいのですが、麺の外側と中心部の複合感が難しいところで、それが足踏みの外圧の加え方でかなり実現します。そしてこの製法が、後の当プロジェクトの商品開発に生きることになるのです。

大麦の粉砕事業に乗り出し事業拡大を狙う

「さぬきの夢2000」から「さぬきの夢2009」への品種改良が進み、グルテンの強度をやや強くすることで切れにくくするなど、製麺適性の改善が進みました。その頃、私が次に取り組みたいと考えていたのが、大麦の粉砕を手がけて事業領域を広げることでした。小麦と大麦では組成が異なるため、粉砕工程がまったく違い、一筋縄でいかないことは分かっていました。それでも、香川県のはだか麦が全国の生産量3位(令和4年産はだか麦収穫量;香川県2,310トン)を誇る重要な産品でありながら、その需要が減っていることに、ある種の危機感を持っていました。重要な香川の地域資源でもあるはだか麦の消費拡大を行って、生産振興に貢献したいという強い思いがありました。

導入した讃岐式足踏みプレス機

そこで考えたのが、香川県産の「さぬきの夢2009」をはじめとした国内産小麦と、香川県産のはだか麦「イチバンボシ」を融合した新しいタイプのうどん作りでした。大麦には水溶性の食物繊維「大麦β-グルカン」が多く含まれていることに注目しました。このβ-グルカンの働きで食後の血糖値の上昇値を穏やかにしたり、動脈硬化や高血圧を引き起こすLDLコレステロールの抑制、食物繊維で腸内環境の改善が期待できるのです。健康機能性を兼ね備え、更においしさも追求した小麦と大麦、二種類の穀物を融合したプロトタイプの「二穀うどん」作りに取り組みました。ですがそれは、大変な挑戦でした。大麦が入ったうどんはグルテン量が全体的に減るため、切れやすい。いかにうどん生地のプレスを上手に段階的に力を加えるのかを模索しました。当初使用していた滑面ロールだけでは弾力性を持たせることができず、足踏みをしているのと同じようなプレス機の開発は必須であると考えました。しかしながら、機械の開発ともなると多大な費用が掛かってしまう。そこで、機械の開発と改良をするため、米麦改良協会さんの補助事業申請を行ったのです。

製麺機械の改良は、まずメーカーの方に私たちのアイデアを持ち込み、その工程が可能になるよう開発協力をお願いしました。長方形の生地を作って順々にプレスし、移動させながら静かに上から力を加えます。これが荒延工程機の開発です。新たな「足踏み機能プレス(加圧方法)」を採用して、効果を出すために麺帯の厚さを通常の1.5~2倍(30mm以上)にする必要性があり、厚みを十分に作れる麺帯複合構成(2層)にしました。

吉原食糧株式会社本社

もう一つは既存の製麺機械を改良したもので、さぬきうどんの製法(足踏み製法)の原理をベースに、グルテンの内在力を鍛え、弾力性を十分に引き出すものです。生地全体を満遍なく足踏みするのと同じように、プレスを繰り返します。この機械の導入のおかげで、グルテンを持たない大麦粉と小麦のグルテンの弾力を十分に引き出した小麦粉を配合することで、麺生地が切れずに弾力性ある食感が実現しました。こうして2018年に「二穀うどん」が完成したのです。
弊社は小麦の製粉会社ですが、大麦で作った麺がどうすれば満足度の高い味や食感が再現できるか、製麺にはどんな工夫が必要か、自社で研究開発に取り組みました。結果、小麦粉と大麦粉を配合した麺を製麺会社に提案するための大事なノウハウを持つことができたのです。それを可能にしたのも、補助事業があったからこそで、資金面での不安払拭だけでなく、背中を押してもらったと思っています。何より、社員のみんなも新しい機械を使って商品開発することに楽しさを見出し、積極的に参加してくれて現場の士気も上がりました。

「大麦β-グルカン」で機能性表示食品を展開中

私たちは、この製麺方法をさらに進化させ、新たに機能性表示食品「讃岐・大麦うどん」を開発しました。小麦に香川県産のもち麦「ダイシモチ」と、大麦「イチバンボシ」を加えたものです。「大麦β-グルカン」が多く含まれているので、機能性表示食品として訴求することが可能です。まだテスト販売中ですが、ようやく一般販売の予定が見えてきました。そのほか、機能性表示食品の「大麦パンケーキミックス」や「和菓子のようなもち麦パンケーキミックス」も開発し、すべて香川県産の小麦と大麦を使っています。
それぞれの地方には観光資源や食文化があって独特のストーリーがあります。それらは時間の積み重ねによって生まれたもので、だからこそ多くの人の心に響くものになるのだと思います。弊社も地元企業として、今後も地域との協調と連帯を大切にしながら、県産小麦や大麦の新たな展開に挑戦していきます。

香川県産小麦の生産振興、利用促進を目指し推進協議会を設立

JA香川県
営農部 担当部長/平田 雅規 氏
営農部 農産指導課 課長/安西 勇雄 氏
営農部 販売戦略課 /細谷 健次郎 氏
(写真左から細谷氏、安西氏、平田氏)

吉原食糧さんとは古くから小麦の取引を行っています。地元の製粉メーカーとして播種前契約を結んで販売してきましたが、令和元年から3年間、小麦の豊作基調にあって需要と供給のバランス調整に難航した時期がありました。それを機に、私たちも吉原食糧さんなど製粉メーカーに販売するだけで終わらせず、既存市場の拡大、需要創出を共に行うよう努めています。
他方、私たち生産者団体としては、香川県産小麦の品質向上や安定供給に向けて、生産者への指導も積極的に行っています。現在、試験的に、小麦でAIを取り入れ、スマート農業を目指すことで生産者の作業負担を軽くし、少人数や高齢者でも働きやすい環境の創出に取り組んでいます。また、衛星画像はJAと生産者で情報共有し、肥料の施肥時期や、収穫時期を管理して品質向上を目指しています。

香川県綾川町の認定農家(川染 常男 氏)の圃場

今まで香川県産「さぬきの夢」の用途は県内でのうどん需要が主でしたが、「さぬきの夢」利用促進協議会を立ち上げて、そうめんやお菓子など、ほかの用途への需要拡大に取り組み始めました。また、県内の大手製麺企業と連携して、乾麺への使用にも拡大を図っています。
先日、「さぬきの夢」の新製品需要拡大推進に向け、行政、生産者、製粉会社、飲食関係団体などと、あらたに「さぬきの夢」推進協議会を立ち上げました。新品種の生産振興、利用促進を目指し、さらなる協力関係を築いていきたいと思っています。
さらに小麦のほか、全国で生産量第3位を誇るはだか麦の需要先拡大も喫緊の課題です。今まで、はだか麦品種「イチバンボシ」は、みそや麦茶の用途が大半でしたが、吉原食糧さんが精麦会社と協力して大麦粉として商品開発を行い、新たなジャンルを生み、拡大してもらっていることはありがたいと思っています。JA香川県としても、吉原食糧さんをはじめ関係者のみなさんと需要拡大に努めていくこととしています。

県産小麦を使用したうどん開発のこだわり

株式会社あっとん 代表取締役
神原 里司 氏

吉原食糧さんとの最初の出会いは、私がうどん店を開業したいと模索している時に、心配した母から古くからの知人で吉原食糧さんの常務の奥様を紹介してもらい、自宅を訪ねた時のことでした。
18年前に会社勤務の傍ら、休みを返上して妻と3年間さぬきうどんの店で修業を積みました。その頃は父の創業した会社で、新規事業としてうどん店を開業したいと思っていましたが、何度役員会で掛け合っても賛成は得られず、会社を飛び出しました。その当時で、県内には850店舗ほどのうどん専門店があり、素人で成功できる訳がないと言われたのです。
うどん市場をまったく知らず孤立無縁状態の私に、小麦・うどんの知識、製麺技術、厨房設計、市場の展望まで惜しみなくノウハウを提供してくれたのが、吉原食糧さんだったのです。

さぬき麺市場 ぶっかけうどん

開業にあたって、うどんは270種類以上の配合を試し、吉原食糧さんの小麦粉を別の製粉会社の小麦粉とブレンドしたものを使用しました。一番理想的な配合のうどんが完成し、平成22(2010)年に念願のうどん店を開業しました。店は、以前経営していた居酒屋のスタイルを取り入れ、客席から厨房の様子を見える化したオープンキッチンに。おかげで、厨房が客席に近く臨場感があって、お客様を惹きつけることができました。
私が目指していたのは、進化し続けるうどん作り。香川県のうどん店全体が保守的な中にあって、少し型破りなうどん店があってもいいというのが私の思いでした。その頃、クオリティの高い海外産小麦粉のうどんが主流だったので、なんとか香川県産小麦粉100%のおいしいうどんができないかとずっと考え、吉原食糧さんにアドバイスをもらいながら、いろいろな粉とのブレンドを試したのです。
さぬきうどんも変化の時代を迎えていて、今までコシが大事と言われてきたのが、弾力性が高く、もちもち食感のものが人気の主流になっています。新しく開発した麺は吉原食糧さんに持込んで味見をしてもらい、アドバイスをいただいたり、配合について意見交換をしたりしながら、たどり着いたのが県産小麦「さぬきの夢」を100%使用した市販用うどんです。店舗で提供するうどんは「さぬきの夢」をベースに、オリジナルでブレンドした吉原食糧さんの小麦粉を使用しています。
今後は、「さぬきの夢」を世界に広げたいと思っているので、吉原食糧さんとさらにおいしいうどんを作れる小麦粉を追求していきます。

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