麦のスペシャリスト探訪
Specialist Interview03

パンラボ/NPO法人新麦コレクション 池田 浩明

日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるパンライターとして様々な場で活躍し、パンの研究所「パンラボ」を主宰する池田氏。アメリカで自己紹介をしたときにブレッドギーク(パンオタク)が一番通じたという池田氏からはパン愛に溢れた話が次々に紡ぎだされた。

パンライターになったきっかけは、プルースト現象

記憶は突然、よみがえった。自由が丘の公園で近くのパティスリーで買ったブリオッシュを食べていた時のことだ。大作家マルセル・プルーストがマドレーヌを紅茶に浸して食べた瞬間に子供のころの記憶を次々に思い出したように、それまでに出会った数々のブリオッシュの甘美な記憶が池田氏を襲った。この時、池田氏はパンライターになることを決意した。

池田氏:小学生の時、母が買ってきてくれた生まれて初めてのブリオッシュ。出版社勤めを辞め憧れのパリに渡り最初の朝に食べたブリオッシュの味と薫り。頭の中にいくつものブリオッシュの思い出が駆け巡ったときに、パンを食べてこんなにいろんな思いがあふれるのなら、パンを言葉で表現することを仕事にしてもいいかなと思ったんです。

フランスでパンのある暮らしを満喫するうちにその魅力にどんどんはまり、今でも週に5軒、年間200軒以上の店を訪れるという。その記憶に残るお店やパンは枚挙にいとまがない。

池田氏:一番おいしいパンは決めがたいですが、一番高いところで食べたパンがあります。
標高約2.500mの横手山頂ヒュッテにある「雲の上のパン屋さん」でたべたパン包みのシチューには、パンのもつ温もり、暖かさを思い知らされました。

あらゆるパンを愛し、食べ、作り手のもとへも会いにいく。そんな池田氏のパンへの情熱はパンの研究所「パンラボ」を設立させる。パンのことをもっと知りたいという研究所「パンラボ」では、サイトの運営から、パンの試食会や熱きパン職人による講習会、youtubeによる情報発信など多彩な活動を展開している。最近では、パンの原材料の小麦の研究にも手を伸ばしている。

池田氏:小麦それぞれの品種ごとの成分を分析し、品種ごとの特徴や味を明確な言葉にしたいとの思いから、埼玉一の小麦どころである熊谷の専門チームと一緒に本格的に取り組んでいます。品種ごとの特徴や味を明確な言葉で伝えられれば、貴重な小麦「キタノカオリ」と同じ風味で安定して栽培できる品種を育種できるなど、パン屋さんにも生産者さんにもメリットは大きいはずです。

1年に1度、とびきりおいしい小麦が味わう

パンへの熱い思は、当然のように小麦への関心へとつながっていく。そんな池田氏が国産小麦の美味しさを知ってもらい生産者の方にも元気になってもらいたいという思いから立ち上げたのが「新麦コレクション」である。2015年に立ち上げて以来、年々規模も拡大している。日本全国の小麦の産地を結び、その年にとれた小麦を挽きたてのまま味わうプロジェクトで、国産小麦の生産者やパン職人、国産小麦粉のメーカーなど様々な職種の人たちで運営されている。

池田氏:「新麦コレクション」は国内で採れたばかりの「新麦」の香りとか味わいをみんなで楽しみ、収穫をお祝いするムーブメントを創りたいと思って始めました。

「新麦コレクション」では、毎年、九州の新麦解禁日から北海道の解禁日をまたいで8月から11月の3か月間「麦フェス」が開催される。1年に1度、とびっきりおいしいパンやラーメン、ピッツァを食べ、小麦を生産し小麦粉を作ってくれた人たちに思いを馳せる収穫祭でもある。「新麦コレクション」では、その年とれたばかりの新麦を使った人気店、有名店が手掛ける新麦フードの販売もし、毎年好評を博している。

池田氏:小麦の生産者でも自分のところの小麦でできたパンや麺を食べたことがないっていう方が多い。そんな生産者の方にパンを食べてもらい小麦の風味の違い、美味しさを知ってもらうことで小麦への接し方も変わってくるし、美味しい小麦へのこだわりも強くなる。「新麦コレクション」に参加していただくことでそんな体験もしていただけます。

「新麦コレクション」では《小麦畑ツアー》というユニークなイベントも開催している。

池田氏:パン屋さん、うどん屋さんにしても小麦粉は毎日見ていても、実際に小麦畑を訪ねるという機会はなかなかないです。黄金色の小麦畑を前に、あるパン職人の方が「自分の商売道具を初めて見た」と驚いていたのが、今も印象に残っています。またツアーで出会ったうどん屋さんとパン屋さんが小麦談義を始めたり、そこから小麦の扱い方とか風味の活かし方とか新しい発見があったりするのも、このツアーならではですね。2022年の4月からは「小麦の学校」も開校します。そこでは、無農薬、無化学肥料での小麦づくりに取り組む予定なので楽しみにしていてください。

小麦という名のバトンをつなぐ日本のパン文化

フランス産小麦を一番おいしく食べられるパンがバゲットであるように、生産される土地土地の小麦を使うことで、その土地なりの、その国なりのパン文化が花開いている。これまで、国産小麦はベタつく、膨らみが悪く製パンには向かないといわれてきたが、近年品種改良が進み、製パンに適した新しい国産小麦も登場してきている。

池田氏:新しい国産小麦の開発は、日本独自のパンが生まれるきっかけになります。これまで、海外の伝統的なパンをどう再現するかというところで頑張っていたパン職人の思いも国産小麦をいかにおいしい日本のパンにするかという新しい発想へと向かわせます。

小麦は同じ品種であっても、育つ土地の気候や環境の影響を受けるので、地域ごとに風味の違いや特徴がでるという。北海道産ならふわっとしてもっちり感があり、九州産はサクッと歯切れのいい食感が特徴といわれる。

池田氏:その土地ならではの小麦を生産者が丁寧に育て、製粉会社がその小麦の個性を引き出す挽き方をして、パン職人がその個性に合わせたおいしいパンをつくり、私たちに届く。
生産者から消費者へと小麦という名のバトンをつなぐように、作り手を意識して食べたり、選んで購入することで、日本のパン文化もますます成熟していくと思います。

パンを愛し、パンを語る、パンの伝道師。その土地、その土地で採れた小麦の甘みとかうま味などの風味を活かしたパンに出会いたいという池田氏。そのパン愛に溢れた歩みは、この先も留まることはない。

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