国産大豆取組事例レポートin熊本県

大豆製品を扱う食品メーカーが国産大豆の 将来的な需要を見据えて農業法人を設立

国産大豆の自給率がわずか6%という現状に危機感を感じた熊本県の老舗食品メーカー株式会社丸美屋が、グループ会社として株式会社農匠なごみを2012年に設立。未経験から農業をはじめ、地域の農家と協力して大豆の栽培に着手。わずか1haの用地からスタートして、現在は50haまで用地拡大を進めている。また、新品種の導入で収量アップにも成功。開発者である農研機構 九州沖縄農業研究センターと試験段階から協力関係にある。関係者にインタビューを行い、その取り組み内容を伺った。

農業未経験から取り組み、現在では大豆収量650tを達成

農匠なごみのスタッフ。左から上村取締役、東社長、永田さん

農匠なごみのスタッフ。左から上村取締役、東社長、永田さん

改良品種で大豆の
大幅収量アップを実現

2012年11月にスタートした農匠なごみは、大豆製品を製造・販売する食品メーカー株式会社丸美屋の国産大豆確保を目的につくられた農業法人です。創業当初は、前社長を中心に農業未経験者4人の会社だったので、熊本県山鹿市で農業を営んでいる知人に協力を依頼し、全員で農業研修に入りました。研修先では、大豆、米、ニンニク栽培に従事しましたが、毎日の作業が想像以上にきつく、この先やっていけるのかと不安ばかりでした。2年間の研修の間、自分たちで1haの農地を借りて大豆栽培も手がけて、その後、農地拡大をしようと思いましたが、誰も農地を貸してはくれません。私たちはまだ周りの農家の方たちに認めてもらっていないということを目の当たりにしました。まずは自分たちの圃場を徹底的にキレイに保つことを心がけ、草むしりをしっかり行い、農作物を丁寧に育てました。すると、それを見ていてくれた地権者の方の紹介で、農地拡大を叶えることができましたが、そこまで約5年の歳月がかかったのです。

現在、自社圃場では大豆と麦の二毛作を行っています。大豆は「クロダマル」「ふくあかね」「すずおとめ2号」などを主に手がけていましたが、近年試験栽培を経て、新品種の「そらみのり」も本格的に栽培するようになりました。「そらみのり」は、農研機構 九州沖縄農業研究センターの大木さんらが開発したもので、試験段階から積極的に協力をさせてもらった品種です。「そらみのり」の開発のおかげで大豆の収量が大幅にアップし、うちで収穫する大豆の約50%を、「そらみのり」が占めています。「そらみのり」の特徴は、なんといってもロスの少なさ。栽培方法は変えていないのに裂莢が少ないから、多少収穫に時間がかかっても種が落ちません。さらにサヤの粒数がほぼ3粒あり、多いものは4粒あることと、1本あたりのサヤ数が多いので収量を多く確保できます。以前は、自社の大豆収量が120~150kgでしたが、昨年本格的に「そらみのり」栽培を始めてからは、収量が240kgに増量。急激な増量のために、トラクターやトラックの大型化を進めており、国や県の支援も受け、大型機械の導入も推進しています。

契約農家さんへの評価制度に取り組み
より良い大豆作りを目指す

私たちは現在、社員9名で農業に取り組んでいますが、協力をしてくれる契約農家さんが50~60戸ほどあります。全体では昨季650tの収量がありましたが、近い将来1000tを達成できそうです。弊社は丸美屋グループなので、ともすれば買取側の立場に立った発言が多くなるところですが、自分も農業に携わる人間として、農家さんの想いに寄り添った対応をしていきたいと考えています。丸美屋とは、農業の大変さを社員にも理解してもらいたいと人事交流をしていく予定です。また、栽培品種についての綿密な打ち合わせを行い、少しでも高く買取してもらうよう努力を重ねています。一方、生産者側には、頑張った農家さんがきちんと評価されるように、一戸ずつ収穫物の評価仕分けや選別を行って、評価データを共有してフィードバックを行い、次年度に活かしてもらう取り組みも行っています。そうして農家の収入安定化を図り、安心して栽培に打ち込める体制をつくるとともに、新規参入を考える方たちの障壁を少しでも緩和できたらと考えています。
九州一円でも、国産の大豆原料確保に困っている企業は多くいると聞いています。九州全域で協力体制を築き、さらなる農地拡大と作業の省力に向けた機械化を推し進め、新規参入者の拡大にも取り組んでいきたいと思っています。

株式会社農匠なごみ
代表取締役社長
東 鉄兵 さん

大型機械を導入して効率アップ。省力化にも取り組んでいる

農匠なごみの圃場

自社農場での大豆生産拡大で国産製品の販売を加速化

執行役員の小幡さん

執行役員の小幡さん

丸美屋は1956年に創業し、当初はふりかけの製造・販売を行っていました。その後、納豆、豆腐の販売を開始し、現在ではそれが主力商品になっています。大豆製品を多数扱う当社は、以前から大豆の国内自給率の低さに危機感をもっていました。今後、国産大豆製品を増やしていくために、国産大豆を安定的に確保したいという思いもあり、2012年にグループ会社として株式会社農匠なごみを設立したのです。
現在、自社の大豆関連製品のうち約80%を海外産大豆に頼っている状況で、国産製品は約20%しかありません。それを来年度には国産製品を30%まで引き上げ、将来的に50%まで伸長したいと考えています。まずは、主に学校給食で提供されている「パワーキッズ納豆」を国産に切り替えていきたいと思っていますが、当社の主力製品のひとつで、月間100万個の販売数を誇っていますから、原料確保が課題でした。だからこそ農匠なごみで栽培された大豆の全量買い取りができるのは大きな強みです。最近では、多収が期待できる「そらみのり」の生産にも成功し収量アップができたことは、丸美屋にとっても喜ばしいことです。「そらみのり」はへそ部分の褐色がほぼないので、豆腐もより白いものを作ることができます。今後「そらみのり」を「パワーキッズ」の原料として使っていこうと考えていますが、収量1000tを達成したらひきわり納豆にも利用していきます。ほかにも国産化推進のためには、新製品の開発力が必要です。
国産大豆使用の製品は海外産大豆使用製品に比べて10~20%ほど高くなりますから、高価格でも選んでもらえる製品を作らなければなりません。おいしさはもちろん、付加価値をつけたり、機能性表示食品を作るなど開発力に磨きをかけ、選んでもらえる製品作りを行っていきます。最後にもう一つ、消費者の方たちが意識の変化をするきっかけ作りです。国産製品を選ぶことが、将来への貢献になることを理解してもらい、おいしいから少し高くても国産のものを買おう、というアクションをしてもらうよう注力していきます。独自の調査では、50~70歳代の方たちは国産品の支持率が高く、若年層では低いことがわかりました。ですから今後は、子育て世代から国産品を支持してもらう努力が必要です。そのために、「毎日ちょっとずついいこと」を当社のモットーに掲げ、創業70周年を迎える来期から本格的に取り組んでいきます。

原料大豆(熊本県産フクユタカ)

食品メーカーとして
食育を通して学びを提供

当社では国産大豆を子どもたちに知ってもらおうと、食育活動を続けています。和水町と南関町の小学3年生を対象に、大豆について学んでもらう機会を提供。畑で播種体験や生育観察をして、夏には枝豆を収穫して食べたり、秋には収穫した大豆をきなこにして食べてもらったりして、国産品への興味喚起を行っています。
10年ほど前には、海外からの大豆輸入は欲しいときに欲しい量を確保できていましたが、コロナ禍や国際情勢の悪化で、海外の大豆を確保できているのに輸入できないという危機を経験しました。だからこそ、自給率を上げることの大切さを実感したのです。グループ会社だからこそ、農匠なごみとの連携を密にして、将来に向けた国産大豆の生産、製造、販売を一気通貫で進めていきたいと思っています。

株式会社丸美屋 執行役員
営業部 本部長
小幡 浩之 さん

地域に愛される直売所は
丸美屋製品の発信基地

この直売所には近隣の方たちのほか、遠方からも多くのお客さまがお見えになります。ここには丸美屋で販売している商品がほぼ揃っていて、しかも市価より安く買えるとあって人気が高いです。まとめてケースで購入される方も多く、豆腐や納豆がみなさまにとって身近な食品だということがわかります。ほかにも、近隣の農家さんで収穫された農産物も販売しているので、毎日の料理に欠かせないものが揃っています。私たちとしても国産原料を使った商品をご購入いただきたいので、お客さまの声なども会社に伝えて、必要とされる商品を今後もお届けしていきたいと思っています。

けんこう市場丸美屋南関工場直売所 店長
鬼塚 佐恵 さん

現在「そらみのり」を使用しているのは、「九州そだち」豆腐と「国産ひきわり納豆」

「キッズ」とスティック状の冷凍納豆。冷凍納豆は海外販売も行う

工場直売所の外観

店内には自社商品を中心に野菜なども販売する

生産者、実需者のニーズに応える新品種の研究に取り組みたい

「『そらみのり』は、大豆の成長を育む“空”への感謝と
多くの子実の“みのり”を願って命名しました」と大木さん

地球温暖化による
大豆の減収が顕著に

近年、日本国内における大豆の単収が伸び悩んでおり、その要因として、地球温暖化が挙げられます。特に九州地方では、ゲリラ豪雨や台風、線状降水帯の多発が収量に大きな影響を与えているのです。中でも問題になっている低収要因の1つとして、大豆の収穫時期に高温や乾燥の日が続くと、大豆の莢が弾けて種が落ちてしまう裂莢が挙げられます。この裂莢によって収量のロスが多くなってしまい、単収低下につながっているのです。また2つ目の要因として、高温や多湿が原因で起こる葉焼病の拡大も深刻です。葉焼病とは、葉に茶色の斑点状の病変が現れ、葉が早期に茶色くなってしまい、減収の大きな要因になっています。約40年前から栽培され、日本で最も作付面積が大きい大豆「フクユタカ」は、裂莢しやすく葉焼病にも弱いため、その弱点を補う新品種の改良が、生産者の方たちから求められていました。

農研機構 九州沖縄農業研究センターでは、「フクユタカ」の弱点をカバーする新品種開発の研究を長らく続けており、新たに「そらみのり」の開発に成功しました。この「そらみのり」は、収量の高さが大きな特徴です。先の農匠なごみさんのお話しにもありましたように、昨年に比べて今年度は約50%の収量アップとなったように、その成果が顕著に表われています。「そらみのり」は裂莢しにくく、葉焼病に抵抗性が高いという特性をもっていて、また、晩生で生育期間が長く、大きく育成することも多収につながる大事な要素です。品種開発では加工適性も重要な観点で、「そらみのり」は豆腐の加工適性については「フクユタカ」と同等、納豆に関しては「フクユタカ」より加工適性が高いとの評価をいただいています。

九州沖縄農業研究センターは広大な
敷地の中に研究棟や圃場がある

生産者、実需者との連携で
県の奨励品種認定を目指す

今回の「そらみのり」の普及において、生産者や食品メーカーと連携して取り組めたことはとても大きな意義がありました。通常、種を生産するには、生産面積のおよそ30分の1の種子生産圃場が必要となります。当機構にも圃場がありますが、広域の普及に必要な種子量を生産することは難しく、今回は農匠なごみさんにも協力してもらい、種子生産の圃場を確保していただきました。また生産者の立場から、種苗生産、播種、栽培過程、収穫、乾燥、選別、調整作業にも独自に取り組んでいただき、「そらみのり」導入の体制も整えてもらうことができました。
さらに、農匠なごみさんのグループ会社でもある食品加工メーカーの丸美屋さんにも協力をいただき、実需者として豆腐や納豆などの加工適性についてもご意見をいただくことができました。

農研機構
九州沖縄農業研究センター
暖地水田輪作研究領域
作物育種グループ
上級研究員
大木 信彦 さん

左が「そらみのり」、右が「フクユタカ」。
「そらみのり」はへその色が目立たないことも特徴のひとつ

残念ながら「そらみのり」は、まだ県の奨励品種にはなっていません。奨励品種に認定されれば、県が責任を持って種苗生産を担ってくれるので、今後の産地拡大を考えれば大きなバックアップになります。奨励品種への選定過程でも、品種を開発した農研機構だけが高評価をするより、民間の生産者や加工メーカーの客観的なデータで評価いただいたほうが、はるかに信頼性が高まります。実際に農匠なごみさんでは「そらみのり」の導入を開始し、導入開始前と比較して増収も達成したという成果を出していただきました。そういった意味でも、連携して普及を進められたことは大きな意義を持ったものになったと実感しています。現在、東海地方の生産ネットワークとも連携して、さらなる生産拡大を目指していきます。

生産者、実需者との連携で
県の奨励品種認定を目指す

大豆生産の課題は、先述した通り地球温暖化による影響だけでなく、ほかにも大きな問題があります。これは農業全体に言えることですが、農業の担い手不足が深刻化しています。それを補完するように、少ない生産者に農地が集約され、農業の大規模経営が広まっていますが、それが原因で農作業を適期で終わらせることが難しくなっているという現状があります。
大豆の生産で言えば、大豆製品は日本食に欠かせないものでありながら、自給率はたったの6%に留まっています。現在の国際情勢を鑑みても、大豆の国産化拡大の取り組みは喫緊の課題です。地球温暖化の影響で日本の大豆の不作も続いており、生産を継続することが困難になった生産者も多くいると聞きます。だからこそ、現在の気候にも強く、生産の大規模化にも対応した品種開発によって稼げる農業を実現し、大豆生産拡大に努めたいと思っています。今後もより多収な品種開発の研究を継続し、農業のみならず、食品関連企業の活性化にも寄与できるよう研究以外の連携活動にも取り組んでいきます。

農研機構の敷地内にある圃場。
播種時期を少しずつずらしながら生育過程を観察している

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